大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和53年(ワ)260号 判決

原告 甲野太郎

〈ほか一名〉

被告 乙川二郎

〈ほか九名〉

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一  被告らは原告らに対し別紙二の謝罪文目録記載の謝罪文をB4判の和紙に、見出し部分と各被告の記名部分とを二号活字で、その余の部分を四号活字で印刷して、京都弁護士会々員である別紙三目録の者に対し、封書で(封筒の裏面の発信人を四号活字で「弁護士乙川法律事務所」、また肩書所在地を五号活字で「京都△△区○○町通××上ル」とそれぞれ印刷して)郵送せよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

(右に対する被告らの答弁)

主文同旨

(請求の原因)

一  原告ら及び被告らはいずれも京都弁護士会所属の弁護士であって、昭和(以下年号を略す)五三年一月一九日告示にかかる同弁護士会定期選挙(投票日同年二月一八日)における会長選挙(以下本件選挙という)の、原告Aは会長候補者(同月二三日立候補届出)であり、他はいずれも選挙人(選挙人は同弁護士会に五三年一月一日から投票日まで引続き会員であった者で、全部で二〇二名)である。

二  しかして、原告甲野は、原告A候補の選挙運動を主宰統轄していたものである。

三  被告らは、本件選挙において、同月一九日会長に立候補した訴外Bの選挙運動を、強力かつ熱心に推進していたものである。

四  ところで、被告らは共同して、選挙人全員(但し被告らを除く一九二名)及び原告A候補に対し、別紙の文書(以下本件文書という)を、発信人弁護士乙川法律事務所の封書で速達便で郵送し、投票日の前日に到達させた。

五  本件文書は、次のとおり悪質極まるもので、原告A候補及び原告甲野らのA候補の選挙運動をしている者を甚しく中傷し、原告らの京都弁護士会における名誉を故意又は過失により公然と著しく毀損したもので不法行為を構成する。

(一)  先ず本件文書に記載されている「匿名の怪文書」なるものが、(1)如何なるものか、(2)また、その文書の内容に副う事実があるのかどうか(内容に副う事実が実存するとすれば、むしろ忠告的文書というべきであろう。)、(3)誰のところに配布されたのか、いずれも明らかにしないのみならず(僅か四通で、しかもB候補陣営の最高幹部四名に配布されたに過ぎないものを、「少数」と表現して、不特定な感じをもたせ、数的感覚の面でも誤解を招くようにしている)、(4)その作成者を調査するなどして明らかにすることをしないまま、被告らは、敢えて、恰も原告A候補ないしA陣営において作成されたかの如く選挙人を誤導する意図と目的をもって本件文書を作成したものである。

(二)  B候補は過去において告訴されたことがあり、また同候補はそれを自覚しているのにもかかわらず、本件選挙の公聴会(同月一四日開催)で、厚顔にも、過去において告訴されたり不起訴になったりなどの事実は全くなく、そのような事実があれば直ちに立候補を辞退すると大見得を切ったことを本件文書に援用し、デマないし怪文書は恰も原告AないしA陣営において作為的に造り出したかの如く述べ、さらに京都弁護士会史上未だかつてないものであるとまで被告らは言いきった。そして、弁護士倫理上の問題を本件選挙の争点に取上げて清廉、誠実をいわば「売物」に立候補した原告A及びA陣営を、事実を巧妙に歪曲することによって、しかも「手段を選ばず勝てばよいのだ」などと言いつつ、極端に中傷し、これによりA候補を決定的に不利益に陥れ、B候補を極度に有利に導こうとする意図と計算が窺える。

(三)  本件文書は、手書でしかも毛筆を使用しているため、真実性が高められようとしているうえ、選挙人に投票日の前日に到達するようにして、原告A候補の側に本件文書に対する反論の時間的余地のないことをも計算した悪質なものである。

六  被告乙川、同O(同被告は本件文書の執筆者である。)、同Pは、いずれもかつて同弁護士会の会長の地位にあったものであり、その余の被告らも同弁護士会において非常に活躍して、常々社会的正義と基本的人権の擁護を高唱しているものであるから、本件文書は、その内容の真実味を増し、極めて強い威力を有することになる。

他方、原告甲野も、かつて同弁護士会の会長の地位にあり、社会的にも活躍しており、また原告Aも相当の活躍をしてきたものであるから、原告らが受けた京都弁護士会における名誉の毀損の程度ははかりしれなく大きなものである。

よって、その名誉は回復されなければならない。

七  ところで、被告らは、本件文書で「徹底的に究明されるべきであり」とか、「弁護士会の品位と名誉のためにも糾断されねばなりません」とか称しながら、現在に至るも何ら反省を示さないので、止むを得ず、名誉回復を求めるため、本訴提起に及んだ。

(被告らの答弁と主張)

一  請求原因一は認める。但し選挙人は全部で二〇三名である。

同二は不知。

同三は争わない。

同四は認める。但し本件文書が選挙人に到達した日は不知。

同五の前段は否認、(一)の匿名の怪文書なるものが(1)如何なるものか、(2)同文書の内容に副う事実があるのかどうか、(3)誰のところに配布されたのかの事実を本件文書が明らかにしていないこと、(4)怪文書の作成者を明らかにしていないことは認めるがその余は否認、(二)の被告らが本件選挙の公聴会におけるB候補の発言の趣旨を本件文書に記載したこと、原告らがそこで本件文書より引用している字句は争わないがその余は不知又は争う。(三)の本件文書が手書で、毛筆を使用したものをコピーしたものであることは争わないが他は否認する。

同六被告乙川、同O(本件文書の執筆者)、同Pが曾て京都弁護士会長であったこと、その余の被告らが同弁護士会で活躍し、常々社会的正義と基本的人権の擁護を高唱しているものであること、原告甲野も曾て同弁護士会長の地位にあったことは認めるが他は争う。

二  被告らが本件文書を郵送した経緯と原告らの主張に対する反論

1  五三年二月一一日頃、はたして何名に発送されたのか判らぬが少くとも訴外B候補の推薦者であった被告乙川、R、P、Qの四名に怪文書が送られてきた。右四名は直ちに京都弁護士会の会長と選挙管理委員会に対しこのような卑劣下劣な選挙妨害に対する善処方を要望したが迅速なる対応はなかった。

2  そこで被告らは多数会員に同様の怪文書が送られ公正なるべき選挙が不当に汚濁されるのを憂慮しやむなく本件文書を作成配布した。

3  被告らは原告らが怪文書作成という隠湿な行為に手を染める余地のない人物であることを固く信じているので、怪文書は原告らと何の関係もない卑劣、下劣な特殊人物がB候補の落選を目ざす余り原告らないしA陣営とは無関係に密かに作成発送したものと考え、そうした下劣な人物のため選挙がかき乱され、公正を害されることを虞れ、敢えて本件文書を発送したのであって、本件文書が何が故に原告らの名誉を毀損するのか理解できない。怪文書が原告AやA陣営で作成されたことを本件文書が暗示していることはない。

三  五三年二月一七日の晩、原告甲野外五、六名がC弁護士方に来て被告乙川ら数名と会見したことはあるが怪文書がA陣営の者によって作成されたとの言動をとったものはない。原告甲野らの申出がB候補に立候補を辞退させろという会則、会規に違反する非常識なものであったので拒否したのである。

(被告らの主張に対する原告らの反論)

一 被告らは怪文書は原告らやA陣営と関係のない第三者が密かに作成配布したと考えて本件文書を郵送配布したと主張しているが、もしそうなら被告らがこれを原告らやA陣営が作成したと考えて発送したのより更に悪質である。被告らは、会長立候補者が自らの陣営であるB候補を除けば原告Aだけであるのに本件文書には「手段を選ばず勝てばよいのだ」等と記載し恰も原告AないしA陣営が怪文書を作成したかの如く選挙人を誤導する意図と計算が明瞭に窺えるからである。

しかし本件文書が選挙人に到達した五三年二月一七日(投票日の前日)の晩、A陣営の者らが被告らB陣営に赴き本件文書について抗議したときにさえ被告らの中には怪文書の筆跡によって作成者は既に判っており、それはA陣営に属しているかの如き言動をしていた者すらある。

(証拠)《省略》

理由

(本件の経過)

一  原告ら被告らが何れも京都弁護士会所属の弁護士で五三年一月一九日に告示された同弁護士会々長選挙(投票日は同年二月一八日)に於て原告Aは会長候補に立候補したもの、他は何れもその選挙人であったこと、原告甲野、被告乙川、同O、同Pが曽て京都弁護士会長の地位にあったもので、その余の被告らが京都弁護士会で活躍し常々社会的正義と基本的人権の擁護を高唱しているものであること、被告らが共同して被告らを除く選挙人全員一九二名及び原告Aに別紙一の本件文書を発信人乙川法律事務所の封書で郵送したこと、同文書の原本は被告Oが毛筆で手書したものであること、本件文書に記載されている匿名の怪文書が(1)如何なるものか、(2)それの内容に副う事実があるのかどうか、(3)誰のところに配布されたのかの各事実を本件文書は明らかにしていないこと、怪文書の作成者を明らかにしていないこと、被告らが本件選挙の公聴会におけるB候補の発言の趣旨を本件文書に記載したこと、本件文書には「手段を選ばず勝てばよいのだ」という文言があること、本件文書が毛筆による手書をコピーしたものであることは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によると次のとおり認められる。

(1)  京都弁護士会では役員等選任規定があって会長以下の役員を選任することとなっていて毎年二月その定期選挙を行っているが五三年四月一日から就任する同年度の会長にはつとに訴外Bが立候補を表明し同年一月一九日の告示とともに立候補した。Bは慣例によりその前年暮頃から準備を進めていた。推せん者にはDらが名を列ねた。

(2)  京都弁護士会には七燈クラブ、一心会、信和会、四一会、緑会等の諸会派があり会員の大部分はどれかの会派に属しているがどの会派にも属しない無所属も十数名いるといわれており、役員選挙にはこれらの会派が中心となって立候補者を推薦している。B候補は七燈クラブに属し、被告乙川、O、H、Q、S、T、Uも同クラブに属し、被告Vは一心会、同P、Rは緑会に、原告らは信和会に属している。しかし訴外L(一心会)のごとくいろんな事情から複数の候補者を推薦することもある。

(3)  原告ら及びその所属する信和会員らはB候補の対抗馬としてX弁護士の立候補を期待し五三年に入るとその立候補を促しに行ったがXが立候補を受諾しないので、検討した結果、原告甲野の発議で原告Aを推そうということになったので選挙告示当日信和会の幹事長N、その他の幹事が原告Aに立候補を促したが原告Aは直ちには承諾せずこれをためらっていた。しかし原告AはBの立候補に批判的であったのと弁護士会のあるべき姿について理想をもっていたので立候補を受諾し、告示後五日目の一月二三日原告甲野、訴外X、同Wらの推薦者の名を列ね立候補を届出た。原告甲野は原告Aを推す中心的役割を担って活動した。原告らはこれを選挙運動の主宰統轄者と呼んでいる。

(4)  このように原告Aの立候補が突然で予め知られていなかったのと同原告が司法研修所○○期生出身で従前の会長経験者に比べ弁護士会での在籍年数が比較的浅いということもあってB候補を支持する会員の反撥を招き、互に自分の支持する候補者の支援運動を行い選挙戦は熾烈となった。

(5)  原告Aを支持する者は同原告は当時弁護士としての経験は十三年であるが年令は既に五十二才であること、学歴、家庭、人生経験から来る人格、識見に申分なく会長として適任である。京都弁護士会が四六年三月に行った役員等選任規定の全面改正の目的は当時噂にあった一部先輩会員の画策談合によって役員等が選任される弊風を刷新し、登録年次とか序列に捉われず若くて有能な会員が先輩と入り交り時と所に応じて立候補し投票によって当選する機会を得られることにあったのに、その後の経過は必ずしもこの通りでなく若い会員の間に迄登録年次とか序列を云々し、順番待ちで役員に就任するような気風が出ているのでその点から原告Aの当選は望ましいというにあり、又B候補は私生活についてとかくの噂があり法廷でのマナーもよくなく、過去に刑事事件で告訴されたことがあるから不適任という考えをとった。

(6)  これに対し被告らを中心とするB候補支持派は、「B候補に対立候補が出たのは意外でその候補者自身突然の推せんに困惑しているときいている。最近五年間の実績を見ても会長は決して登録年次や序列の順番待ちで選ばれたのではなく選ばれるべくして選ばれたのである。登録年次等の順番待ちだけで役員が選出されるのは好ましくないが対立候補者が予め立候補する準備もなく告示後に突発的に立候補しなければならない妥当性を理解することはできない。B候補の会長職務に専念する熱意、弁護士と弁護士会の将来のため各界各層の意見を求めようとする新しい試みを高く評価し熟慮の結果、同候補が最適任である」とした。

(7)  以上のような理由で二人の会長候補者をめぐる選挙戦が行われている最中の五三年二月一〇日頃本件で怪文書と呼ばれている検乙一~四号証の二月九日の消印のある葉書が被告乙川ら四名に郵送されて来た。その文言は次のとおりで筆跡からみると同一人の作成したものである。

乙川に対するもの「此の度の会長選挙が何故注目されるのか、弁護士会はもとより裁判所、検察庁、そして修習生まで、なぜ、なぜか、それは京都弁護士会の良識をとう選挙だからだ。B氏私生活の面でも法廷のやり方でも又M弁護士による告訴等々悪評高いからだ。反対の候補は清潔と誠実な新生児だから」発信人弁護士の倫理を憂う会一法曹生

被告R、P、Qにあてたもの「公聴会の質問事項について(1)弁護士の倫理について、(2)誠実な法廷、Y候補の告訴(不起訴)の真相について、(3)会長にふさわしい人格識見について両候補のT興信所調査公表」発信人正しく清い選挙を望む一法曹人、この三通の内容はよく似ているが被告RにあてたものはY候補三回の告訴(不起訴)の真相とあり被告QにあてたものはY候補の告訴(不起訴)の件(二回あるらしい)真相とあり被告Pにあてたものは「Y候補の告訴(不起訴)の真相について」とあるのみで回数は書いていない。その他被告Rに送られたものには「Y候補二号さんの件」とある。

右の葉書の現物は四通しか存在していないが《証拠省略》によると同人方へも同様のものが送られてきたという。但し他にその実物を見た者がないので判然しない。

この葉書の作成発信人が原告A及び同甲野でないことは今では当事者間に争いがないが《証拠省略》によると投票前日の二月一七日頃被告TはZに被告Tらはこの葉書はA派の誰かが書いたと判断したといい、被告乙川もZに「筆跡によりA陣営の誰かが書いたと認定した。但しZ君ではない」という趣旨のことを語ったことがあるが果して何人がこの葉書を書いて発送したか今日迄判明していない。

この葉書を受取った被告乙川、R、P、Qは直ちに金井塚弁護士会長と高橋選挙管理委員会長あて斯様なB候補に不利な葉書はB候補を誹謗する悪質なものである、念のためB候補に葉書にある事実を質問したがそのような事実はなく告訴されたこともないとの答えを得た。会長選挙運動中会員を誹謗する書面を送付することは悪質な選挙妨害行為であり、それが会員によって企画されたとすると弁護士倫理に違背する重大な綱紀事犯であるから厳重調査し非違を明らかにせられるよう要望する旨を申入れかつ二月一五日付のその旨の書面を提出したが当時金井塚会長も高橋選挙管理委員長も直ちに調査に乗り出すことなく二月一四日開かれた公聴会席上でもこれが積極的に話題になることはなかった。

(8)  公聴会というのは会長候補者の抱負をきく会で五三年二月一四日京都弁護士会で開かれたが席上原告AはB候補には会長としてふさわしくない風評が定着していると述べ、風評の内容如何という某会員の質問に対しては人身攻撃になることを恐れ、内容に言及することを避けたがB候補は「過去に於ても告訴されたり不起訴になったり弁護士会の綱紀委員会にかけられた事実はなく、もしそのような事情があれば立候補を辞退する」と言明した。

(9)  被告らを中心とするB候補支持派は前記葉書はB候補を不利にするものであると考え、その対抗を協議の上被告Oが執筆した二月一六日付の別紙一の本件文書を作成し選挙人全員に速達で発送し投票日の前々日又は前日に到達した。これを見た原告甲野らA支持派の者は二月一七日C弁護士の事務所に於て被告らB候補支持派に対し前記葉書がA支持派から出されているように書いてあること、B候補は過去に一回告訴された事実があること、B候補は立候補を辞退したらどうかという趣旨のことをいって抗議したが物わかれに終った。尚本件文書は態と相手側に反論の余地を与えない時間をねらって送達したという証拠はなく、時間的に二月一六日又は一七日に配達されたことになったに過ぎない。

(10)  五三年二月一八日予定通り会長選挙が行われ、B候補一〇七票、A候補七四票でB候補が当選した。原告甲野らは本訴で述べているのとよく似た理由で選挙管理委員会にあて会長選挙無効の申立をしたが棄却され、それに対し更に審査申立をしたが京都弁護士会常議員会はその申立を棄却した。原告A支持派はもう一七票がA派にあったら勝利した、こうなったのは本件文書の影響によると判断している。

以上のごとく認められ《証拠省略》中には僅かづつ以上の認定に反する部分があるがその部分は措信しない。

三  B候補の告訴問題

《証拠省略》によると次のとおり認められる。

(1)  前記のごとくB候補は二月一四日開かれた会長候補の公聴会に於て自分は告訴を受けたことはないといったが四一年に訴外Eより京都府警察本部に告訴されたことがあった。それはEが三五年当庁へ、Bが訴外株式会社○○○○○外一名振出しの金額六五〇万円の約束手形に裏書していたことを理由にBを相手に手形金請求訴訟を起し(当庁昭和三五年(ワ)第七五四号事件)、四一年四月八日BがEに右手形金の半額の三二五万円を同年五月末から分割して支払うという和解が成立したところ同年五月二四日訴外○○信用金庫(代表者D)がEに対して有する公正証書の執行力ある正本による貸金債権三二五万円のためと称し、前記和解に基づく債権の差押えと転付命令を申請してその旨の命令を得て執行したのでEが憤慨し、Eの○○信用金庫に対する債務は主債務者である訴外Gの債務四二〇万円を連帯保証したことによるものでその債務は三九年二月三日迄に主債務者の方で弁済済である。然るに○○信用金庫の代表者とBが共謀してEのBに対する和解調書に基づく債権がとれないように二重取りするため前記債権差押、転付命令を得たもので、これは詐欺罪を構成する疑があるというもので、四一年八月三〇日先づ○○信用金庫代表者Dをついで同年九月Bを告訴したものであった。Eから見るとBがいわぬ限りEがBに三二五万円の和解による債権を有することを知るわけがなく、又○○信用金庫が有しているという債権額も三二五万円で前記和解による債権額と同額であるのもBと共謀しているからであるというのであった。尚この告訴はX弁護士がEから依頼を受けたがXは同じ弁護士会所属のBを告訴するのは困るといって友人の大阪弁護士会所属の山上孫次郎弁護士に依頼して告訴書類を作成して貰ったが告訴状は何れもE自身の名でなされた。京都府警本部は四一年八月三一日この告訴を受理し、面陣警察署に移牒して捜査させ、西陣署は四四年七月二日京都地方検察庁へ前記二名を詐欺の罪名で事件送付をした。

(2)  しかし、これについて検察庁がいかなる事件処理をしたか明らかでなくBが起訴された事実がないのは勿論、Bが取調を受けたとか不起訴理由を告げられた旨の証拠もない。被告らもBが告訴されたことの内容について知るところはなかった。

(3)  Bは五一年度にも会長選挙に立候補したことがありその時も反対派からこの告訴問題が云々されたことがあり、五三年二月二日午前中訴外Zが京都簡裁第一三号法廷前の廊下に於てB候補に告訴された事実の有無を尋ねたところBは○○信用金庫のD前理事長とともに告訴されたことがあるがそれは全く事実無根だと答えたことがある。

以上のごとく認められ、この認定に反する証拠はない。

四  当裁判所の判断

名誉毀損というのは、不特定又は多数の人に特定人の信用、社会的評価を傷つけ、低下させる行為をなすことであるが本件文書が原告らのこの名誉を毀損するものかどうかを判断する。

本件文書では「選挙戦も終盤に入ってから悪質なデマが流され遂には匿名の怪文書が一部の会員に配られるにいたりました。公聴会においてB候補はデマで陳べられている事実を断固として打ち消し、特に過去において告訴されたり、不起訴になったり、弁護士会の綱紀委員会にかけられた事実は全くなく、若しそのような事実があれば直ちに立候補を辞退するとまで断言しました。品位と良識を求められている弁護士の選挙活動にあるまじき卑怯、卑劣な行為が横行することは看過することはできません。そればかりでなく、このような行為は単に選挙だけの問題ではなく、弁護士の品位と名誉に関する京都弁護士会史上未だ曽ってない不祥事として将来のためにも徹底的に究明さるべきであり、手段を選ばず勝てば良いのだという言動は弁護士会の品位と名誉のためにも糾断されねばなりません」の部分が問題だと思われるのでそれについて判断する。

(1)  前記のようにB候補が去る四一年訴外Eから告訴された事案は同訴外人が連帯保証したという主債務が果して消滅していたのかどうか、これが果して詐欺になるのか疑問であること、検察庁がこれに対し何らの処分をしていないことからみると大きな問題にはならないような事案で告訴されたということだけでは更に実体を究明せねば判らぬことであり、かつ被告らが本件文書で述べているのはB候補が公聴会で述べたことをそのまま述べているに過ぎないのではあるが、前記のようにB候補が告訴されたことがあるのは事実であるから同人が公聴会で告訴された事実がないといったのは正確でなく従って被告らがそれをそのまま述べたとしても正確でないことにかわりはない。

(2)  次に本件文書は悪質なデマの内容とそれを流した者、怪文書の内容とその作成者を明言していないがそれに続けて「公聴会においてB候補はデマに陳べられている事実を打ち消し云々」とあることはデマと怪文書の内容がB候補の告訴のことであることを示し、それはB候補も打消しているごとく全くないことであるといい、かつデマと怪文書、特に怪文書が配られたことは「弁護士の選挙活動にあるまじき卑怯、卑劣な行為」であり「弁護士の品位と名誉に関する京都弁護士会史上未だ曽つてない不祥事」であると断定し「手段を選ばず勝てばよいのだという言動は、……糾断されねばなりません」と述べたのであるから、誰か判らぬ不特定の第三者がデマを流したり怪文書を配ったと読むのは相当でなく、当時は京都弁護士会の会長選挙をB、Aの両派のみで争い、本件文書の発送先も京都弁護士会の会員のみに限られていたこと、及びA陣営に於てB候補の告訴問題をとりあげていたことなどからこのデマを流したり怪文書を作成配布したのはB候補支持派でない者のうち、中間的立場は勿論、単に心情的にAを支持しているに過ぎない者以上により積極的にA候補の選挙運動を推進している者を指していると見るのが相当である。又実際は四、五通でしかない葉書を怪文書といい抽象的に「一部の会員に配られ」といって、四、五通をはるかにこえる相当数の文書が作成配布されたような印象を与えたのも正確を欠き妥当でないといわなければならない。従って本件文書はA候補支持派を中傷しその社会的評価を低下させたものといえる。

しかし、これが選挙運動を展開中のA候補支持派の行為であると解釈されるとしてもそのことから直ちに原告ら個人の名誉毀損になるかどうか。それが本件で難しい点であるが本件文書のどこにも原告らの氏名は顕われず、また被告らは「原告両名が怪文書を作成するという陰湿なる行為に手を染める余地のない人物であることを固く信じている」と主張しており、弁論の全趣旨により原告両名に対するかかる評価は京都弁護士会に所属する弁護士に共通のものと推認し得るから、本件文書を受けとった京都弁護士会所属弁護士がこれを読んで怪文書を作成したのは原告両名であると推察するとは想定できない。要するに本件文書の文面及び配布された当時の状況、原告両名の弁護士会における評価等を総合すれば、怪文書を作成したのはA候補支持派ないしA陣営に所属する者であることまでは本件文書を受けとった弁護士において推認することができるもののそれ以上に本件文書が原告両名が怪文書を作成しあるいはこれに関与したことを示唆しているものと解することはできないといわなければならない。そのように原告両名が怪文書を作成したとか作成を指示したとか解することができない以上、単に原告Aが候補者であり、原告甲野がA派の統轄主宰者であることだけでは、本件文書により原告両名の名誉が毀損されたというのは困難である。蓋し本件文書によりことに原告Aについてはその陣営の誰かが怪文書を配ったということで候補者としての若干のイメージの低下を招いた可能性は否定できないが、そのことから直ちに同原告の信用、社会的評価を傷つけ低下させるものということはできず、原告甲野にしても選挙運動の監督不行き届きという非難が有り得るとしても、同原告の社会的評価を低下させるところまで至っていないと解されるからである。

(3)  本件文書は毛筆による手書であるため内容の真実性が高められたという原告らの主張は主観による個人差があるから一概に原告ら主張のごときものがあると断定することはできない。又投票日の前日頃、原告らが反論する時間的余裕のない時期に送達された悪質な文書である旨の主張も、被告らが意図的に投票日の前日をねらって送ったのではなくて偶々そうなったことは前記認定のとおりであるばかりでなく、原告らの右主張は選挙運動の公平、公正という観点から問題となることはあっても原告両名の名誉毀損の成否には直接影響を及ぼさない事柄であるというべきである。

五  よって原告らの本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 菊地博 裁判官 川鍋正隆 天野実)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例